民間財源の活用と財団法人が日本を救う

日米相互防衛援助協定の締結後、米国が日本の産業支援の条項をおこなうために、「経済援助資金特別会計法」という法律が1954年にできた。その後1968年に法律が廃止されているが、これが謎の資金といわれる米国からの工業支援の資金についての法律である。なぜ、1968年に廃止されたかは、世界銀行から日本が融資をうけて投融資により資金を償還した制度が1966年に中止になった。理由は、東名高速道路建設における6回におよぶ世界銀行からの資金提供の際に、不正が発覚したことが原因であった。政治とカネの問題がクローズアップされ、その後、廃止になった。1970年以降も民間案件として資金援助の制度が続いたが、政府が直接関与する案件ではなくなったことでこの存在の詳細がわからなくなっていった。しかし、財源は、国内外で歳入歳出外で運用された資金、いわゆる財政法第44条資金といわれる雑収入として特別会計の繰入金として今もなお活用している。すなわち、その資金が、特別会計を裏で支える大きな補填金を作り上げる運用財源である。「経済援助資金特別会計法」が廃止後は、産業用の積立金は、省庁の管理下からはずれ民間団体へと管理が移行されていった。その財源をつかうことが、民間財団法人の活用による国家財政の支援である。

租税に頼らない民間財源の活用を!「官から民へ」財団が地方財政を支援する時代へ

日本の資本主義経済のあり方を提案する必要があるかと思っています。すなわち、財団法人の活用です。財団法人を多数作り、日本国内で起こる問題解決の財源を財団からの寄付行為によって、支援するという概念です。いわゆる民間財源の活用と、今後日本は、民間からの寄付行為による財団があるいみ地域の財源になっていくという概念です。すなわち、民間財源の最大限の活用です。
税収による財源確保だけに頼れば、増税する以外、道がありません。そうなれば、国民の生活への負担は向上しません。租税にできる限りたよらず、財団による寄付行為が地域財源にしていくことが今後重要になります。地方自治体で破たんの危機がせまっている自治体も多く存在しています。もう待ったなしの時期に来ています。財源は、民間財源から確保し、財団から寄付による資金提供をおこない地域の問題を解決していく流れを全国で作る必要性があります。昔、官から民へと唱えた総理がいましたが、まさに、民間財源の存在を熟知していたからでしょう。その流れが今後必要になります。

やるべきことは見えている

世界一経済力のある日本をつくることは、夢物語ではない。すでに、仕組みの制度も金もあるが、活用されていないだけ。特別会計の財政投融資の財源の最大限の活用と特別会計の元の財源をつくっている財政法第44条資金という歳入歳出外で国内外で運用された資金、すなわち、産業用の特別運用資金の積立金を最大限に活用することだ。それで、一気に問題解決である。実は日本には財源がある。ただ、使っていないだけで、海外でひたすら運用しているだけである。それを活用するだけの話である。
簿外運用された資金から特別会計、一般会計に繰入することで、財源を確保し、消費税増税などしなくても国家財政を豊かなものにすることができる。

経済力が国民の評価につながる事実

経済力が低下が目立ち始めたのが、2011年ごろから、日本が中国にGDPが負けて、その後、名目的GDPがどんどん低下していった結果、周囲の国は日本に対して威圧的態度が増してきた。経済力の低下というのは、国家の価値のように判断される傾向が強い。まあ、相手にしないとおもっていたが、今回の韓国の報道をみて、ちょっと黙っていてはいけないと思っている。
日本は、経済的に圧倒的に勝つことが重要だと思っている。実際に、爆撃をしてドンパチする時代が、見えない戦争は、それは、経済戦争である。経済がまけるということは、戦争に負けているのと同じことである。日本よ、経済力で圧倒する力を持たなければ、いけないと思っている。

考えるよりも行動する精神

まずは、考えるよりも行動するということが大切である。今の日本に求めるのは、「世界一経済力のある日本」と感じたので、それを目的にした会を立ち上げることにしました。
自分が一番やってみたいことにチャレンジすることほど、人生にとって素晴らしいことがないと思っています。

いずれにしろ、自分たちの国は、自分たちの住みやすい、こうであればいいなぁと思う国造りを考えるべきだと思っています。

誰かがやってくれるとおもっていても、答えは見つからないので、自らできることはするという行動がなにかを動かすとおもっています。

金持ち日本、経済大国日本を言われるようになることが、日本人として生まれてよかったと思う重要な要素だと個人的にはおもっています。
そのことについて、いろいろ今後述べていきたいと思います。

人は一度生をうけたら、何か地球上に残すというおもいがあることが大切かと思っています。